「寂聴 九十七歳の遺言」瀬戸内 寂聴 著

とうとう亡くなられてしまいました。

とても残念です。

 

私が若い頃から、その存在が

当たり前だった瀬戸内 寂聴さん。

 

改めて、生年月日などを調べて

みたら、大正11年生まれ

だったんですね。驚きです。

 

 

私が若い頃は、子供を捨てて

までやりたいことなんてある

のだろうかと、彼女に対して、

あまり良いイメージを持って

いませんでした。

 

そんなこともあり、寂聴さんの

小説は読んだことがありませんでした。

 

 

ですが、占いや哲学を学び始めて、

少しずつそのイメージは消えていき、

エッセイなどを読むようになりました。

 

そして今回、寂聴さんがお亡くなりに

なられたことがきっかけで、

「寂聴 九十七歳の遺言」という本に

出会いました。

 

私は、数年前まで、高齢になれば、

身近な友人や親兄弟の死を通して、

諦めの境地というか、心の準備が

できていくものなのだろうと

勝手に思っていました。

 

なので、認知症になった母を施設に入れ、

一人になった父が、夜になると眠れないと

度々言ってくるその理由が、まさか自分の

「死」への恐れであったことに全く気が付き

ませんでした。

 

そこで、100歳を目前にした

寂聴さんは「死」とどのように向き合って

いたのか知りたくて、今回この本を読みました。

 

年齢は関係ない。いくつになっても

自分が死ぬと思わないんです。

私にしても、九十七歳ですから

いつ死んでもおかしくないと

覚悟しています。でもその一方で、

「相変わらず元気で、よく食べるし、

よく眠るし、よく笑う。なんだか

百まで生きそうね」とも心ひそかに

思っているのです。

 

 

 

なるほど、年齢は関係なく、

覚悟はできても死を受け入れることは

難しいことがわかりました。

 

 

京都の女友だちの臨終に立ちあったことが

あります。「もう死ぬから来てくれ」と

息子さんに呼ばれて、お宅に行った。 

お嫁さん、夫や子供、孫まで、身内が

全部集まっていました。みんなシクシク泣いて、

臨終を見送ろうとしている。私はお坊さん

として何か声をかけなければ、と思って

死の床についている彼女に言いました。

 

「あなた幸せじゃないの」そうしたら、

死にかけている彼女がぱっと目を開けて、

突然、喋ったんです。 

 

「だから、死にたくないんです!」 

 

「どうして私がこの中からひとり

 

だけ抜けて、死ななきゃならないんですか、

 

悔しい……」

 

 

 

 

ええええっ!

怖い。

直前まで意識がハッキリしているなんて。

でも、この女性の気持ちはすごくわかる。

私はこれを読んでいて、

ケストナーの詩を思い出しました。

 

E・ケストナー

「人生処方箋」

〜汽車にたとえて〜

 

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わたしたちはみんな

ひとつの汽車にのって

時を突っ切りながら

旅行しています

わたしたちは外を見ます

もう見あきました

わたしたちはみんな

ひとつ汽車にのって走っています

どこまで行くのか

誰も知りません

 

〜略〜

 

車掌もどこへ行くのか

知らないのです

ただ黙って出ていきます

汽車のけたたましい音!

汽車は徐行して停車します

死んだひとたちが汽車から

降ります

 

〜略〜

 

死んだひとたちは無言のまま

過去のちう名の

プラットホームに立っています

汽車は走りつづけます

時を突っきって

どうして走っているのか

誰にも分かりません

 

 

 

 

 

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pixabay

 

 

 

 

死後の話に難しい理屈は

いらないのかもしれません。

どうせわからないことなら、

楽しいことを勝手に想像して

いた方がいいじゃないですか。

 

〜略〜

 

私の方が絶対みなさんよりも先に、

あの世に行くでしょうから、向こうで

この世にメールが届くように運動します。

いつになるかわからないけれど、

「寂聴極楽メール」の着信をどうぞ

楽しみに待っていて下さい。

 

 

向こうには、寂聴さんにとって、

懐かしい面々がたくさんいらして、

当分は、再会の喜びで、この世のこと

は忘れてしまうかもしれませんが、

「極楽メール」、本気で楽しみに

しています!!!

 

そして、ご冥福をお祈りいたします。