「孤独を生ききる」を読んで

もう12月だなんて嘘のようです。手術をしてちょうど1年を迎えます。
先日、術後1年ということで、婦人科検診してきました。

とはいえ、婦人科の臓器は全て切除しているので、内診と、血液検査のみ。
悪性ではなかったけど、20cm以上あった腫瘍で、一部壊死していたので、細胞が生きていた時、悪性だったかも?死んでしまった細胞から、判断は難しいそうで、境界性悪性ではないけれど、念のため腫瘍マーカーなどを検査してもらいました。特に問題はなく、ひと安心です。

来年、新社会人となる息子が、都心にお引越しをするというので、賃貸暮らしで、何度もお引越ししている私は、賃貸物件アドバイザーとして参加させてもらいました。笑
そして、あ〜これで親としての役目も本当に終わるのだな〜と実感しました。

子供が大きくなり、夫婦二人になって、当たり前だけど老いていく。
いつかどちらかが先に逝くことを踏まえ、「孤独」を考えていた。

そして、たまたま算命学の雑誌に宇野千代さんと瀬戸内寂聴さんを占っているコラムを読んだのがきっかけで、寂聴さんの本を検索し、早速、「孤独を生ききる」をKindleで読んでみることにしました。

 

f:id:uranairen:20191215100015j:plain




一遍上人の法語

「生ぜしもひとりなり、死するも独りなり。されば人と共に住するも独なり、そひはつべき人なり故なり」

 

        f:id:uranairen:20191215110253j:plain

Pixabay

 

「孤独を生ききる」 瀬戸内寂聴 著より

人間は本質的に本来孤独な存在だということを説いています。「人間とは生まれる時もひとりなら、死ぬときもひとりである。また、人と一緒に暮らしていてもやはりひとりなのだ。死ぬ時まで一緒に死ねる人はいないのだから」といっています。「人と共に住するも独なり」という言葉をはじめて見た時の衝撃を、私は忘れることが出来ません。「そひはつ」というのは、よく夫婦は共白髪まで添い果てると言いますし、偕老同穴などと言って、夫婦仲良く睦び添いとげ、死んでからも同じ墓に葬られて一緒だと言いますが、一遍上人は、そういう甘い考え方を全否定しています。
結局どんな仲のいい夫婦、親子、兄弟であろうと、一緒には死ねない、添い果つことは出来ないのです。

 

 

私たちは普通に生活していると、このようなことを直視しないように生きています。だから、寂しくなり、人を求め、なぜ私を理解してくれないの?となる。でも最初から、孤独が当たり前だとわかっていれば、人に対する接し方も変わってくるんではないだろうか。

昔、CMで、「友達100人できるかな〜♪♪♪」なんて曲があったけど、小さい頃にそんな幻想を与えられたら誰だって、自分は独りぼっちだ!!自分なんて・・という気持ちになって当たり前。
この本を読んで、私も独りを生ききる心の準備をしないとな〜と思う今日この頃です。

旦那の転勤で、私を知る人が誰もいない土地で生活するようになって早1年。だいぶ独りでいる時間を満喫できるようになってまいりました。

さらにヨーガで、心を制御する方法を学び、もう一人の自分が心に現れ、一人でいても自分と会話する楽しさがあることを知りました。
え!自分と会話するなんて、蓮さんって怖いわ!と思われるかな(笑)


寂聴さんはこうおっしゃっています。

あなたが今まで世界一不幸で孤独に打ちのめされていると思い込んでいたことが、なんと普遍的なありふれたことだったかに気づくでしょう。
心にゆとりが生まれたら、あなたはもっと孤独と付き合う方法を発見して行く筈です。
孤独は外にしか向いていなかった眼を自分の内に向けます。人と交わる時間がすべて自分ひとりに向けられるのですから、これまで以上にあなたは自分を発見していくでしょう。自分では何もかもわかっていたと信じこんでいた自分の中に全くちがった人物を発見するのです。心の痛手と孤独の辛さを忘れるため、なおざりにしていた自分の探求に少し精を出して見ることです。

 

本当に孤独でたまらないと思う時こそ、自分と対決し、しっかり自分を見つめましょう。冷たい科学者のような目で鏡の仲の自分と対決しましょう。